2011年4月24日日曜日

仁科克基&多岐川華子、華麗なる披露宴















1月11日に結婚した俳優、仁科克基(28)と女優、多岐川華子(22)が23日、東京・虎ノ門のホテルオークラ東京で披露宴を開いた。
 会見には克基の母で女優の仁科亜季子(58)、華子の母で女優の多岐川裕美(60)も登場し、芸能一家の豪華4ショットを初公開。1月21日のグアム挙式の際はウエディングドレスを着用した華子だが、この日は文金高島田の和装。カルティエの結婚指輪も仲良く披露した。
 美しい新妻に、克基は「きれいですね」とデレデレ。華子も「家族を大切にする優しい方」と袴姿の夫を見つめ、子宝については「新婚生活を楽しみたいので“いつか”でいい」とノロけた。
 250人が出席した披露宴のフィナーレは、華子が裕美へ感謝の手紙を読み、克基が亜季子のために作詞した「おかん」を熱唱。会場は感涙に包まれた。克基はこの日、配信限定発売の同曲で歌手デビューも果たし、二重の喜びだったが、父で俳優の松方弘樹(68)は出席しなかった。(サンケイスポーツ

2011年4月22日金曜日

伊藤蘭、親友の突然の訃報に憔悴…絶句















親友の突然の訃報に、キャンディーズのランちゃんこと、女優の伊藤蘭(56)は言葉を失った。
 伊藤が所属するエイベックスによると、関係者から田中さんの悲報を伝え聞いた伊藤は、大変なショックを受けており「憔悴しきっています。現時点でコメントできる状況ではありません」という。
 1972年のキャンディーズ結成以来、40年近く人生をともにした仲。78年に解散してからも、ミキこと藤村美樹さん(55)は結婚して芸能界を引退したが、伊藤は田中さんとともに女優に転身。同じ道を歩んできた。
 そんな伊藤にとって、田中さんは良きライバルであり、理解者であり、芸能界で一番の心の支えだったに違いない。
 解散後も、一般人として生活している藤村さんを交えて定期的に会い、近況を報告し合ってきた。伊藤は、藤村さんと連れだって、先日、病床の田中さんを見舞ったというが、これが最後の別れになってしまった。(サンケイスポーツ

2011年4月19日火曜日

節電の切り札「蓄電池」脚光 「家庭用」販売前倒しも

夏の電力不足に備え、電機メーカー各社が蓄電池の発売を前倒しするなどの対策に乗り出した。家庭や企業が夜間に蓄えた余剰電力を昼間に利用すれば、ピーク時の消費電力を抑えることができ、大規模停電の回避策となり得るからだ。蓄電池は効率的な電力供給を可能にする「スマートグリッド(次世代送電網)」の普及に向けたカギともいわれ、省エネ社会の到来を早める可能性もある。
 東芝は平成24年に予定していた家庭用蓄電池の発売を6月に早める方針だ。同社が独自開発したリチウムイオン電池を搭載し、1~5キロワット時の3種類を投入する見通し。1キロワット時の蓄電池で500リットルの冷蔵庫を5時間冷やせる。
 同社は東日本大震災を受けて、「スマートグリッドを念頭に置いた被災地の再建」(佐々木則夫社長)を目指している。太陽光発電で電気を「作り」、蓄電池で「ためる」というシステムを構築すれば、省エネに貢献できるとの狙いだ。
 大和ハウス工業やシャープなどが出資する蓄電池メーカー「エリーパワー」も業務用リースにとどめていた蓄電池の販売を、今秋にも家庭用に拡充する。「震災後は個人を含め2千件以上の問い合わせがあった」(担当者)ためで、価格は2キロワット時で100万円台後半を想定。このほか、家庭用蓄電池を開発中のパナソニックも今年度内の製品化を目指している。
家庭用だけでなく、企業や学校むけ製品の開発も活発で、ソニーは18日、4月下旬に業務用蓄電池を発売すると発表した。正極にオリビン型リン酸鉄を使うことで安全性や長寿命性を高めた。「1キロワット時当たりの価格を30万円程度とし、システム全体では最大1千キロワット時くらいを想定している」(関係者)という。
 家電量販店でも対応を加速。ヤマダ電機は15日から家庭用リチウム蓄電池の販売を始めた。千葉県の蓄電池ベンチャー「エジソンパワー」の製品で、価格は1キロワット時が87万円、2・5キロワット時が189万円。
 蓄電池の本格普及に向けたもう1つの突破口が電気自動車(EV)だ。日産自動車の「リーフ」に搭載された蓄電池の容量は24キロワット時で、一般家庭の3日分の電力を賄える。実際、日産は住友商事と組んで、使用済み蓄電池の再利用についての研究を始めた。
 調査会社BCNの道越一郎アナリストは「将来的に政府の補助制度が確立されれば普及が進むのではないか」と分析している。

2011年4月16日土曜日

C・ゼタ・ジョーンンズさん、躁鬱病だった
















英女優、キャサリン・ゼタ・ジョーンズさん(41)がそう状態とうつ状態を繰り返す双極性障害(そううつ病)の治療を受けていたことが分かった。
 広報担当者の話として14日、ロイター通信が伝えた。夫の米俳優、マイケル・ダグラスさん(66)が昨年、咽喉(いんこう)がんと診断され、夫婦二人三脚で闘病。そのストレスが原因とみられる。
 ゼタ・ジョーンズさんは一時、5日間ほど入院したが、現在は体調も良く、新作映画2本の撮影が始まるのを楽しみにしているという。
SANKEI EXPRESS

2011年4月14日木曜日

孫社長が「ネット規制」抗議 ツイッター一時停止に異論











ソフトバンクの孫正義社長が、ネット規制が強化されるとして、ツイッターを3日間止める抗議行動を行い、論議になっている。これに対し、ウイルス作成罪などの関連法案を国会に提出した法務省では、「強制捜査には令状が必要で、規制強化の批判は当たらない」と反論している。真相はどうなのか。
   きっかけは、ジャーナリストの上杉隆さんがツイッター上で発言したことだ。
「ハンガーストライキみたいなもんです」
   上杉さんは、週刊ポスト2011年4月11日発売号が、菅政権は震災のドサクサの中で「ネット規制強化法案」を閣議決定したと報じたことに言及。「火事場泥棒。言論の自由への挑戦。情報暗黒内閣の正体露に」と痛烈に批判した。
   これに対し、孫正義社長は同日、この発言を引用して「皆さんどう思いますか」とツイッターで反応を確かめた後、いきなりこう切り出したのだ。
「本件に抗議して、今から3日間tweetやめます。 ハンガーストライキみたいなもんです」
   上杉さんも、これにならって、「御意賛同、追随決行」とスト入りした。
   ポストの記事では、関連法案を「コンピュータ監視法案」と呼び、捜査当局が令状なくプロバイダに特定利用者の通信記録保全を要請できるものだとしている。そして、「やろうと思えば誰の通信記録でも安易に取得されてしまう」との専門家の話を付けた。さらに、警察庁は歩調を合わせるように、名誉毀損罪などにつながるデマ規制強化に乗り出したとしている。
   ネット上では、孫社長らの抗議行動に共感する声もある。ツイッターでは、「メールの内容までとはプライバシーもない」「なんだか言論の自由が無くなっていくな」といったつぶやきが出た。
   しかし、上杉さんが引用したポストの記事には、事実誤認もあるのではとの指摘も出ている。
   政府が関連法案を閣議決定したのは、3月11日の午前中で、震災前だったことがその1つだ。また、日本にはなかったコンピューターウイルス作成罪を刑法などに盛り込むのが法案の狙いという通信社記事などを引いて、ネット規制強化とは言えないのではないかとの声もある。

2011年4月8日金曜日

酒井法子さんが中国訪問 薬物乱用防止の行事参加

7日付の中国夕刊紙、法制晩報などによると、覚せい剤取締法違反罪で有罪判決を受けた元女優酒井法子さんが同日午前、北京市にある薬物乱用防止教育の施設を訪れ、行事に参加した。
 行事は酒井さんが施設の関係者から「北京薬物撲滅ボランティア」の証書を受け取るなどし、15分ほどで終了。酒井さんは薬物撲滅の宣伝に努め、ボランティアの使命を尽くすと話したという。
 中国では女優時代の酒井さんの人気は抜群で、施設には多数の現地記者らが集まった。
 中国メディアによると、酒井さんは中国側からの招待を受けて6日に北京に到着。滞在は数日間の予定で、高齢者施設の訪問も計画している。(共同)

2011年4月4日月曜日

3・11大地震 貞観津波の再来

「1000年間隔で襲う津波 仙台内陸部まで遡上」
 平成21年7月27日付の産経新聞科学面の見出しだった。東北地方の太平洋岸を襲う巨大津波について、東北大と産業技術総合研究センターの研究成果を紹介した。
 東日本大震災で東北地方の太平洋岸に壊滅的な被害をもたらした巨大津波は、869(貞観(じょうがん)11)年の貞観津波に極めて似ている。
 東北大災害制御研究センターの今村文彦教授らは、仙台平野の地質調査の結果から、貞観タイプの津波の再来周期を約千年と推定。前回からすでに1100年が経過していることから、次の巨大津波は「いつ起きてもおかしくない」と、警鐘を鳴らしていた。
 巨大津波で多くの市民が亡くなった仙台市若林区の荒浜地区。そこから5キロほど内陸寄りに小さな神社がある。貞観津波の直後に建てられ、ここまで津波が到達したことを伝える意味で「浪分神社」と名付けられた。
 マグニチュード(M)9・0の超巨大地震と津波は、確かに想定外の規模だ。しかし、研究者は東北地方の太平洋岸を襲った貞観津波の再来を予見し、一定のアナウンスもしていた。平安時代の人たちも、小さな神社を建てて津波被害を後世に伝えていた。
 産経新聞は月に1度、月曜日掲載の科学面を「マンスリーなゐふる」と題し、地震防災を特集している。最新の研究成果や地域の伝承を読者に伝えることで、「一人でも多くの人を、災害から救いたい」という願いを研究者と共有している。
平成11年から14年にかけて、盛岡支局と東北総局(仙台)に3年間勤務した。宮古、釜石、気仙沼、多賀城、名取…。取材で足を運んだ地域が津波に破壊され、多くの命が奪われた。
 紙一重の差で濁流にのまれた人が、どれほどいるだろう。「1000年間隔で襲う津波」の知識が頭の片隅にでもあれば、助かった命もあるのではないか。もっと強く「貞観津波の再来」の切迫性を伝える記事は書けなかったのか…。そう考えると胸が痛む。
 2年前に書いた記事が、無駄だったとは思いたくない。しかし、被災地のあまりにも重い現実に、その思いが押しつぶされそうだ。
 私たちは記事を書くことしかできない。被災地の復旧、復興と並行して、次の巨大地震に備えなければならない。新聞で救える命があることを信じて、これからも地震防災の取材を続ける。